沖縄帰省-宮古島編 最終便

宮古島は一泊二日だけの予定のため、最後の日は大忙しです。
何軒かの家へ挨拶回りの後、市内宮古神社の隣にある「宮古織物事業協同組合」の建物へ行きました。
私の同級生が二人働いています。
一人は織り子をやっていて、もう一人は事務をやっています。
連絡も無しに行ったので、一瞬きょとんとした感じでびっくりしていました。
結構久しぶりの再会です。
1Fで色々な世間話の後、宮古上布の説明を受けて2Fの作業場へ見学に行きました。
http://www.miyako-net.ne.jp/~m-joofu/index.html

織り子が何人かいまして、一人一人にこの台があります。
1反を織り終えるのに早い人で、2~3ヶ月、中には1年近くかかる場合もあるそうです。
織り終えたら完成ではありません。
建物内には県の審査員が常駐していて、その審査を合格しないといけないのです。
中には長い時間かけて織り終えたのに、審査でダメになるという事もあるのです。
その場合は宮古上布という呼称は使えなくなります。
そうなると販売する事は出来なくなり、その間の織り代金がもらえなくなる可能性もあります。
もらえたとしても、多分正規の値段とは大きく違うでしょうね。
又は一切もらえないのかも知れません。
「宮古上布」という呼称にはそれだけ厳格な審査があるのです。

昔私のおばあちゃんが、宮古上布の糸をずーっと作っていました。
その当時は何に使うかはあまり興味が無くて、おばあちゃんが一生懸命作った糸がこうやって宮古上布になって行ったんだと思うと、うれしくて感動的な風景でした。

宮古上布で作った名刺入れです。
何点か商品を買ってきました。
高価なため宮古上布で出来た服は買えませんでしたが、同級生二人が守り続ける伝統への想いを垣間見た時、小さくてもいいから何か宮古上布で出来た物を、身近に持っていたいという気持ちが湧いてきたのです。
現在は名刺を手渡す時、必ず宮古上布である事を伝えています。

およそ産業と呼ぶには程遠い宮古上布の生産工程ですが、後世に残していかなくてはならない物である事は確かです。
以前テレビでヨーロッパの小さな離れ島で、世界的な服のメーカーがあり、その会社を紹介していました。
宮古島だから、離島だからという事は現在の世の中で大きなデメリットにはならないと思います。
何かいいアイデアとシステムさへ構築できれば・・・・・・

宮古島発の東京行き直行便に乗り、深夜東京へ戻ってきました。
家へ着いてほっとした瞬間、まだ旅の途中である事に気づきました。
故郷で伝統を守りながら生活している同級生がうらやましくてたまりません。
故郷のために何か出来る事はないか?
その答えを探しながら、東京での日々を頑張って過ごそうと思います。

同級生2人に尊敬と敬意を表して、今回の沖縄帰省編は終了です。

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